花火
30代後半  埼玉県
2022/08/28 22:18
花火




粗末な夕食を終えてベランダの外を眺めていた
早朝から降り続けた雨が夕暮れ前に止んだ 雲間から微かな西日が漏れていたが、濡れたアスファルトを乾かす間もなく町は暮れ始めた 明日から仕事だなと思った

すっかり外が暗くなって卓上の灯を点けて本を読み始めた 終わりかけた日曜はいつもそうして過ごす 
部屋の片隅に書棚からあぶれた本を積み上げてある はたして死ぬまでに読み切れるのか分からないほどの山だった ひと言で言い表せばそれは混沌だ 整然としたものが好ましいのは一見して当然とも思える しかし欲しいのは混沌だ 大型の書棚を買ったところで本は必ずあぶれることだろう そもそも人の心には少なからず混沌が巣食っている その不可視の集合体が膨張する度に生活が蝕まれた 最初は睡眠だ 明方まで眠れなくなる 次に酒だ 泥酔するまで飲むようになる そして過食だ そうした自堕落な生活を嫌っている筈が、唐突に均衡が崩れ始める 幸いにして持ち直すのは早い 時々憑き物が来るようだった 混沌を可視化するには山積みの書物が最適だった


片隅の明かりの下、頁を捲っていると花火らしき断続音がした ベランダを開けて夜空を見回すも明るみすら見つからなかったから玄関を出た 北東の空が明るかった 平坦な町並に隠れて上半分しか見えなかった 二階建てのアパートだから仕方がなかった


思えば花火など久々だった 最後に観たのはいつだったろうか 半分隠れた花火を眺めているうちに混沌に火が点いた 秋にも花火大会はある 新しい木綿の着物を着て花火を観に行くのもよいだろう 十代の頃浴衣姿の人波を掻き分け歩いた日のことが思い出された あの喧騒のなかに迷い込んでビールを飲んでみたいと思った 










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