ドラ勝ったド~ン☆
昨今、ちょっとした「町中華」ブームである。
町中華とは、地域に根ざした大衆的な中華料理店のことだ。
その伝でいけば、今池の地に50年以上も根を下ろし、多くの人々から長く愛され続けている、オリジナル中国料理店「ピカイチ」こそ、町中華の代表格であろう。
「ピカイチ」は単に、老舗の中華料理店というだけではない。
中日ドラゴンズの選手及びそのファンたちに支持されてきた、竜党の聖地でもある。
ちなみに私は、中日ドラゴンズのファンではない。
好きな球団を強いて挙げるなら巨人軍であるし、野球中継ですらここ10年近く視聴していない。
ではなぜ、竜党でもなく野球とも縁遠い私が、ココを訪れる気になったのかと言えば、店の名前に興味を引かれたからだ。
中華料理店であれば、「ナンとか軒」とか「ナンとか飯店」あるいは「ナンとか楼」なんて名前が多い。
もしくは、「你好(ニーハオ)」や「謝謝(シェイシェイ)」や「揚子江」など、中国と関連のある言葉を店名に選ぶはずだ。
しかしながらコチラのお店は、四文字のカタカナで、「ピカイチ」である。
ありきたりな店名でないところが良い。
それと同時に、料理に対する期待をも抱かせてしまう名前ではないか!
店の入り口に、「ドラゴンズファンでない方は、入店をお断りします!」といった、野暮な貼り紙など無い。
だから、竜党ではない私がお邪魔しても何ら問題はないはずだ。
でも、何故だか緊張してしまう。
まるで、仏教徒をよそおう隠れキリシタンのような心境だ。
恐る恐る扉を開けて店内へ入ると、「いらっしゃいませ~!」という、威勢のいい声で来訪を歓迎される。
まず目についたのは、野球ボールを模した巨大なテーブルだ。
カウンター台には、中日ドラゴンズのマスコット「ドアラ」をあしらった飲料用ボトルや、選手たちの使用した打者用片耳ヘルメットなどが置かれている。
カウンター席の上辺には、かつて輝かしい戦績を残したドラゴンズナインたちのサイン入り写真パネルが。
また壁には、サイン入りのユニホームまで飾り付けてあった。
当たり前のことだが、右を向いても左を見ても、中日グッズばかりだ。
まさに「中日ドラゴンズ ミニ博物館」といった趣である。
「本当に野球好きの人たちが集う場所なんだなあ、ココは」と、改めて思い知らされる。
私は、厨房の様子が窺えるカウンター席へと案内された。
厨房には5人の調理人たち、そう「中華戦隊 ピカイチファイブ」が、次々と襲来するオーダーの嵐に備え、各々の持ち場で静かに佇んでいる。
席に着くと直ぐに、ピカイチの大女将が、手ずからお冷やをコップに注ぎ、私に出してくれた。
手渡されたメニュー表を丹念に見ていくと、面白そうなメニューがある。
中華風味噌カツ丼、その名も「ドラ勝ったド~ン☆」だ。
「よし!ご飯物はコレにして、もう一品何かおかずをたのもう」と思い、唐揚げのSサイズを注文することにした。
「すみません。ドラ勝ったド~ン☆と唐揚げのSサイズをください」と、大女将へ告げる。
「ドラ勝ったド~ン☆ 」と、私が言った瞬間、大女将の猫背ぎみだった背筋が、シャンと伸びたような気がしたのだが……。
唐揚げは、塩とタレのどちらかを選べるそうなので、タレの方にした。
厨房にオーダーを伝えた大女将が、私に向かいこのように言う。
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お客さん、テレビ観たいですか?
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と……。
その時初めて、私の後方にテレビが置かれていることに、気が付いた。
テレビでは今まさに、中日ドラゴンズの試合が中継されている。
まるでドラゴンズの勝利を願うような料理を注文したことで、大女将は私のことを、大のドラゴンズファンと勘違いしたようだ。
コレはやばい!
「昔からドラゴンズが好きなの?」
「どの選手が好き?」
なんて余計な質問をされたら、コチラは答えに窮してしまう。
「あっ、大丈夫ですよ」と短く答え、後は店内に飾ってあるドラゴンズグッズを熱心に眺めているフリをした。
「針のむしろに座る心地」とは、このような状況を言うのであろう。
料理が来るまで、一時たりとも心が休まることはなかった。
やっと来ました、料理が!
それでは実食。
「ドラ勝ったド~ン☆」から頂戴します。
お皿の隅に、あたかもドーム球場のように盛られた白米。
ご飯の手前には、厚みのあるサクサク豚かつが置かれている。
その豚かつを覆うように、なみなみと注がれている中華風味噌ダレ。
中華風味噌ダレは、トロみを付けた中華スープに赤味噌を混ぜ、溶き卵を加えたような感じ。
高温の油で揚げただけのことはあり、豚かつの衣はサクサクで、味噌ダレとの相性もよい。
中華風味噌カツ丼とは、上手く言ったものである。
今までに食べたことの無い、一風変わった味噌カツ丼であった。
唐揚げは、かなり大きめの鶏肉が四つもある。
Sサイズでこのボリュームであれば、普通サイズは、誰かとシェアする必要があろう。
カラっと揚がった唐揚げが、甘辛いタレととてもマッチしており、食べ始めると箸が止まらなくなる旨さだ。
この二品だけでも、この店のレベルの高さがうかがえる。
他の料理もさぞかし旨いに違いない。
家の近所にあったら、週に2~3度は通いたくなるお店だ。
お会計は、大女将がしてくれた。
「どうでしたか?」と、料理についての感想を求める大女将。
私は、迷うことなく「デラ美味しかったです。また来ます」、と答えた。
「そうかね。また来てチョ」と、大女将が私を送り出してくれる。
人情中華、ココにあり!
味も接客も店名通り、ピカイチでした!
ご馳走さまでした!