内なる子供(前編)
40代後半  愛知県
2013/04/28 18:04
内なる子供(前編)
前回の日記『お題募集中!』で、三題噺のお題を募集したところ、以下のようなお題を三つ頂きました。


①パンドラの箱

②インナーチャイルド

③有意水準

なかなか難しいお題ですが、この三つのお題を使って、オチのある短いストーリーを作ってみました。

タイトルは、『内なる子供』です。


~内なる子供(前編)~


とある心理療法士のもとへ、ひとりのクライエント(患者)が、やって来た。

手垢のついた表現をするならば、そのクライエントは、息をのむほどに美しい女性であった。

年の頃、25、6と言ったところであろうか。

クライエントには、よく見られる特徴であるが、ご多分に漏れず彼女も、伏し目がちで、表情がかたく、至極陰気であった。

その抜群の器量と、彼女がまとう影のようなモノとがあいまって、凄みのある色気を放っている。

まるで、日陰のジメジメとした場所で、可憐な花をつける、シャガのような女であった。

美人のことを俗に、「物言う花」などというが、どうやらこのクライエントは、「物言わぬ花」のようだ。

心理療法士は、その女の美しさに、しばしみとれ、クライエントは俯いたまま、一言も発しない。

対面して、一分ほど経過したが、いまだに沈黙が続いている。

この静寂を破ったのは、心理療法士の方であった。


先生「こんにちは。そろそろ5月になるというのに、風が強くて、肌寒い日ですね、今日は」

患者「……は、はいっ……」

先生「何かしらお悩みがあって、ここへいらっしゃったんでしょ?」

患者「……」

先生「……ちょっと、部屋を暗くしましょうか。ブラインドを下ろしますよ……どうです、こうすれば、私の顔もボンヤリとして、表情がよく分からないでしょ?」

患者「……は、はいっ……」

先生「あなたが、お話したいことを、遠慮なく、話して下さい。私にではなく、そう、ご自身に向かって、語るようなつもりで……」

患者「……わ、わたし、自分に自信が持てないんです……何をやってもウマくいかないし、何をやっても失敗ばかりして……私、自分のことが、大嫌いなんです!」

先生「そうですかぁ……外見のことを、ああだこうだ言ったら、お叱りを受けるかもしれませんが、あなた、とってもお綺麗じゃないですか!そんなにキレイなご自分に自信が持てないんですか?」

患者「先生……人間って、外見がそれ程重要ですか?」

先生「まぁ、中身は無論重要ですよっ!でも、見た目がマズくて、それがコンプレックスだって方も、世の中には大勢いらっしゃいます。その点、あなたは、随分と恵まれていますよ。とても美しいあなたが、ご自分に自信が無いなんて、俄かには信じ難いですなぁ……」

患者「でも、容色なんて、いずれ衰えるモンですよっ!女が、美を誇れる時期なんて、ほんの一時です。それに、美人も三日で飽きるって、よく言うじゃないですか。だったら人は、人間性や人柄で勝負すべきです!」

先生「なるほど、あなたのおっしゃる通りですね……うーんっ、そのナンです、あなたが、ご自分に自信を持てない原因って、何かあるはずなんですよ……人格形成において、幼少時の体験って、かなりな影響を及ぼしているんです。小さい時のことに付いて、お話して頂けませんか?」

患者「……無理です!そんなの、ムリ!」

先生「……あまり、幼少期のことを思い出したくないですか?」

患者「えぇ……そんなパンドラの箱を開けるような真似……私には出来ませんっ!」

先生「確かに、パンドラの箱を開けると、あなたが、ご自身の胸の内に封印していた、数々の忌まわしい記憶が飛び出して来るでしょう!でも、最後に『希望』だけは、あなたの手元に残るはずです!恐れてはイケませんっ!さぁ、勇気を出して、幼少の頃を思い出して下さい!その忌むべき過去と決別しない限り、あなたに、明るい未来はやって来ないのです!さぁ、怖がらずに、ゆっくりと、ゆっくりと、思い出して下さい、小さい時のことを……」

患者「……私、小さい時から、いつもいつも、両親から、『お前はダメな子だっ!』って、言われ続けてきました……私、父の連れ子で……5歳の時に、父が今の母と再婚したんです……母にも連れ子がいました。私より、二つ上の男の子が……つまり私の兄になるんですが……しょっちゅう比較されるんです、その兄と……兄は、頭が良く、小さい頃から勉強が出来ました。勉強だけじゃないですよ、運動神経だって、人並み以上でした……オマケに、男前で性格もいい……本当に、非の打ち所のない兄なんです!こんな、兄と比べられる、私の身にもなってみてよっ!たまんないわよっ……継母は、とても意地悪な人でした。やっぱり、お腹を痛めて生んだ我が子の方が、可愛いんでしょうね。私には、いつもつらくあたりました……ウチで宿題をしている時の事でした。継母から、こんな風に言われたことがあります。『お前のような馬鹿は、いくら勉強をしても、頭が良くなるワケないでしょ!無駄な努力はおよしなさいよっ。いい、あんたのお兄ちゃんは、勉強なんかしなくても、通知表はオール5なの。あんた、顔立ちがいいんだから、頭で勝負せずに、顔で勝負しな
さいよ。大人になったらねぇ、そのご面相で、いい男を捕まえればいいのっ!さぁさぁ、勉強なんかしてないで、家のことを少しは手伝いなさいよっ!アンタに無駄飯食わせるほど、私はお人好しじゃないんだからねっ!』って……再婚するまでは、私に優しかった父も、この継母に感化されたのか、私に暴言を吐くようになりました。バカとか、ぐずとか、のろまとか……そんな事が毎日続くと、しまいに舌がもつれてきて、人とは上手く口をきけなくなるし、身体が硬直して、運動も出来なくなる。授業を聞いていても、耳なりがして、先生の言うことが、全く頭に入らないから、当然勉強だって出来なくなる……そりゃ、運動音痴で、馬鹿で、暗くて、無口だったら、友達なんかできっこないよっ……イジメられても仕方がないよねぇ……」

つづく

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