タリーズのカオナシ
昨日、10月31日の出来事である。
ハロウィンで浮かれる巷に、出掛けてゆくのも、今一つ気乗りはしない。
しかし、観たい映画があったので、しょう事無しに、街中へと向かった。
ハロウィンで大はしゃぎするただ中へ、
お菓子を所持せずに出向くことは、非常に危険である!
可愛いお化けたちに、突然、周囲を取り囲まれ、イタズラをされる可能性とて、
ゼロとは言えまい!
そこで私は、「トリック・オア・トリート」対策として、上着やズボンのポケットに、詰めきれぬほどのお菓子をねじ込んで、外出することに……しようと考えたが、思いとどまった。
そんな不様な格好を、人前に晒すぐらいなら、私は、潔く死を選ぶであろう。
ところが、いざ、街中へ来てみると、肩透かしを食うことになる。
ハロウィン用の扮装をした子供たちや若者たちなど、一人として徘徊していないではないか!
まだ昼日中である。イベントなどは、夜に開催されることが多いのであろう。
この平穏な雰囲気は、騒々しいのが苦手な私にとって、むしろ好都合である。
映画の上映時間には、まだ間があるので、タリーズコーヒーに入って、食事をすることにした。
私は、ボールパークドッグ 【トマトポテト&チーズメルト】とフレンチメープルバナナ、そしてアイスコーヒーを注文する。
「ボールパークドッグ」と言うぐらいだから、アメリカの球場で、このような類いのホットドッグを売っているのであろうか?
ボールパークドッグは、トマト風味のマッシュポテトにまみれたソーセージに、トロトロのチーズがかかった、濃厚なホットドッグ。
フレンチメープルバナナは、メープルシロップのかかったフレンチトーストに、
生クリームと輪切りのバナナが添えられた、スイーツだ。
食べ終えた私は、トレーを提げて立ち上がり、返却口のある場所へと、体を向ける。
すると、返却口の脇に、異様な生き物が一体立っているのが、私の目に入った。
ジブリアニメ『千と千尋の神かくし』に出てくる、【カオナシ】がそこに居たのだ!
入店した時に、かくのごとき胡乱な者など居なかったはずだが……
おおかた、ハロウィンのイベント会場から、脱け出して、ここへやって来た輩であろう。
私は、【カオナシ】なぞ気にも留めず、
ゴミの分別を始めた。
プラスチックのゴミ、燃えるゴミ、飲み残しの順で分けている私へ、痛いような視線が注がれていることに気づく。
すぐ隣を一瞥すると、くだんの【カオナシ】がじっと、こちらを窺っているではないか!
(なぜ、お前がこっちを見てるんだ!こ
っち見んな!)
私は、心の中で、カオナシに、そう毒づく。
しかしながら、カオナシの無礼千万とも言える凝視は、止むことなく続いた。
こうなってくると、腹立たしさより、恐怖の方がまさってくる。
(ことによると、コイツ危ない輩かもしれんぞ!こやつの放つ不気味なオーラは、半端ないわ!)
私の脳裏に、こんな新聞の見出しが浮かぶ。
【ハロウィンの惨劇!白昼のコーヒーショップで、男性が刺され重体〓】
青ざめた顔で、アイスコーヒーの飲み残しを処理していたその時、カオナシがついに行動を起こした!
私が両手で提げているトレーを、カオナシの黒い腕が、がっしりと掴んだのだ!
あまりにも、ビックリした私は、声も出せないまま、ほんの僅かに、身を引くことしか出来ぬ!
次に、カオナシの黒い左腕が、容赦なく私の胸元目掛けて、繰り出されてきた!
カオナシの左拳には、獲れたてのサンマの腹部のようにピカピカと煌めく、鋭利なサバイバルナイフが握られているに違いない!
もはや、万事休すである!
ところが、カオナシの左拳は、唐突に私の胸先で停止した。
カオナシは、手の甲を裏返した後、ゆっくりと掌(たなごころ)を開いた。
カオナシのその手のひらには、殺傷力抜群のサバイバルナイフではなしに、小さなチョコレートが一つ、載っかっていたのだ……。
なんや!おまえ、タリーズの店員かいっ〓