3Dホットケーキ
豊橋市の八町通に、【ホットケーキの聖地】と呼ばれる小さな喫茶店がある。
緑色をした日除け・雨除け用の軒先テントには、【 ホットケーキと珈琲の店 三愛 】と、黒字で認められている。
【三愛】と書いて「さんあい」と読む。
ご存じのように、今や【パンケーキ】はスイーツ界の寵児として、世の甘党から絶大なる支持を得ている。
『パンケーキに非ずんばスイーツに非ず』と言うほど、その勢いは盛んである。
そんなご時世でありながら、軽々しく時流の尻馬に乗ることなく、【ホットケーキ】という古式ゆかしい名前を堂々と掲げて商いを営む姿には、清々しさすら感じてしまう。
さて、その日の私は、お目当てのホットケーキになかなか出会えずにいた。
第一回目の訪問は、15時少し過ぎであったと思う。
入口となるガラス扉の内側には、【申し訳ございません。ただ今、満席です】と書かれた、 小さなホワイトボードが立て掛けてあった。
ココまでわざわざ足を運んで、食べずに帰るのもシャクである!
近くの公園のベンチに座って、約1時間ほど時間をつぶした後、再度お店へと向かう。
ところが、またもや私の入店を拒むかのように、【満席です】と書かれた件のボードが眼前に立ちはだかる!
『いやいや、ここまで来たのだ!意地でも食ってやるぞ』
そう腹を決めた私は、容赦なく降り注ぐ夏の日射しなどものともせず、店の周辺をあてもなくブラブラとうろついて、時間をつぶした。
もうこうなってくると、ホットケーキのストーカーである!
時刻は、16時25分となった。店の閉店時間は18時であるが、その一時間前の17時にはラストオーダーとなるらしい。
期待と不安の両方を抱きながら、入口の前に立つ!
するとどうだ!私の侵入を二度も阻んだ、あのホワイトボードが撤去されているではないか!!
入店してから、この店が【満席】となる事情が直ぐに飲み込めた。
年配のご夫婦お二人で切り盛りする手狭な店内には、二人掛けのテーブル席が二つと、四人掛けのテーブル席が一つしかないのだ!
最大で八人のお客様しか入店出来ない。
私は贅沢にも、二人掛けのテーブル席をお一人様で占有する。
メニュー表には、幾種類ものホットケーキが記載されており、あれこれと迷ってしまう。
メイプルシロップとバターで頂くシンプルなものから、レアチーズホットケーキやチョコバナナホットケーキ、果ては酸味のある温かいスープに浸かった、レモンスープホットケーキなんてモノもあった!
少々悩んだのち、マロンクリームシャンティホットケーキ(三愛風モンブランホットケーキ)とアイスコーヒーを注文する。
【マロンクリームシャンティ】とは何ぞやと思う方も多いはず。
フランス語で、【 クレーム・シャンティ 】と言えば、泡立てた生クリームを意味する。
よって【マロンクリームシャンティ】とは、栗味の生クリームのことだ。
三度目の正直で、やっと出会えたホットケーキは、まさに一個の芸術作品のような風格を漂わせていた!
ナイフやホークやスプーンで崩す前に、両の手で持ったお皿をゆっくりと一周させて、気品溢れるその優美な姿をじっくりと鑑賞する。
『クリームシャンティだけに、とってもおシャンティー』なんて親父ギャグが不覚にも口をついて出そうになるが、ここはグッと堪えよう!
これはもう、三次元のホットケーキだ!
この【3Dホットケーキ】を峻険な雪山に喩えるならば、土台となる一枚の丸いホットケーキは、山の麓に相当する。
そこへタップリと降りかかった粉砂糖は、溶け残った雪と言ったところか。
五つに切り分けられたホットケーキを円状に重ね合わせた様は、登山者を苦しめる岩場の五合目。
天に向かってそそり立つマロンクリームは、この雪山の難所中の難所である。
すっぽりと雪に覆われた断崖絶壁が、八合目から山頂まで続く。
まず、この旨そうなマロンクリームから頂こう!
フランス産の栗を使ったクリームは、くどさを感じさせない、とても上品な甘さだ。
マロンクリームをスプーンで掘り進めてゆくと、やがて冷たいバニラアイスへと行き着く。
肝心のホットケーキであるが、表面はパリッと、中はシットリとした食感に仕上がっており、一枚一枚丁寧に焼き上げた様子が窺える。
ホットケーキということで、メイプルシロップも付いてくるのだが、これをナミナミとかけると、ちとクドくなるような気がした。
個人的には、このマロンクリームのみで、充分美味しく頂けると思うのだが、コッテリと甘いヤツが食べたい方には、メイプルシロップはアリだと思う。