鶏そば 煮干し香る醤油
【もう一度食べてみたいか否か】、私がラーメンを評価する基準の一つが、それである。
自分の好みに合えば、再度食べてみたいと思うが、口に合わないラーメンであれば、二度目は無い!
この日記に書くラーメンは【もう一度食べてみたい】と思う方のラーメンだ。
豊川市の美園に、【ガチ麺道場】というラーメン店がある。
【ガチ麺道場】の【麺】は「めん」と読んではイケない!これは「そば」と読むのが正しい。
従って、【ガチそばどうじょう】が正式な店名である。
私は、平日の休暇を利用して、【ガチ麺道場】へと足を運んだ。
開店時間の11時30分ジャストに訪問したのだが、店内は既に満席である。
店の中をざっと見渡してみると、こんな感じだ。
八名を収容出来るカウンター席と、四人掛けのテーブル席が二つ。
入り口付近には券売機があり、その券売機のすぐ裏手に、順番待ちのお客様が控える小さなスペースがある。
幸いなことに私は、冷房のきいた店内の控えの間で待つことが出来た。
私が来店した後も、次々とお客様が訪れる。
とりあえず、券売機の上に置かれているメニュー表を見て、食べたいモノを選ぶことにしよう!
ひと度メニュー表を手にすると、「アレも食いたい、コレも食いたい」と迷いに迷ってしまう悪癖が、私にはある。
悩んだ末に、【一日十食 鶏そば 煮干し香る醤油】をチョイスした。
食券を購入して15分ほど経った頃、カウンター席に一つ空きが出来たので、そこへ腰を下ろす。
調理場では、ハンチングを被ったご主人が真剣な面持ちで、麺の茹で加減に細心の注意を払っている。
ここの道場主だ!
ご主人の着る、白いTシャツの背面へ視線を移すと、そこには【麺】と【侍】の二文字が印字されている。
『うーんっ!一分のスキも無い!!コヤツ、なかなかの手練れだな』
少しでも油断をしたら最期、抜く手も見せぬ早業で、斬り伏せられてしまいそうな気迫を感じる!
コレはもう作り手と食い手のガチンコ勝負である!
この心地よい緊張感を味わいつつ、ふと私は考えた。
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そう言えば、ここの店って、暖簾と看板の表記が違っていたよなあ……。
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店の出入口にかかる暖簾には【つけ麺/鶏そば】と、袖看板には【 炭火焼 〇〇〇 】と店名が書かれていた。
今となっては、その炭火焼の店名が思い出せないので、〇〇〇とする。
『つまりこういう事か?昼営業はラーメン屋で、夜は居酒屋に変身という二毛作商法か』
そうなると、ここの道場主は、ラーメンとお酒を商う、二刀流の使い手である!
愚にもつかない事を考えている私の面前へ、道場主が「はいっ、お待ちどおさま」と、ラーメンの乗ったお盆を差し出した。
受け取ったお盆を目にして、少々驚く。
白いラーメン丼には、麺とスープそれと幾ばくかのカイワレがちょこなんと乗るだけで、ラーメンの引き立て役となる具は一切見当たらない!
丼の隣に目を向けると、楕円形の白いお皿が一枚添えられている。
海苔・味玉・かしわ(鶏肉)の天ぷら・メンマ・ホウレン草……本来ラーメンの彩りとなる具材たちが、別皿に盛られているのだ!
私は、道場主の胸の内を、こう解釈する。
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うちは、麺とスープにメッチャ自信があるから、【かけそば】のような体裁でお出しします。
えっ!具ですか?まあ、有っても無くても構わんのですが、良かったら箸休めのつもりで、摘まんでください。
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この風変わりなラーメンをつらつらと眺めている私の耳に、「カンラカラカラ」と呵々大笑する道場主の笑い声が、ふと聞こえたような気がした。
では、ラーメンを頂こう!
スープは、鶏ガラでとった清湯スープと、伊吹いりこ・真昆布でとった魚介系スープを合わせた、ダブルスープ仕立て。
北海道産の小麦「ゆめちから」と愛知県産の小麦「きぬあかり」をブレンドして朝打ちした麺は、弾力のある細麺だ。
まず、お約束としてスープから啜ってみる。
旨い!旨いが、何かの味に似ているなあ……?
次に、麺を食べてみるが、どうもラーメンを食べているような気がしないのだ。
スープを啜る、麺を食べる。これらを交互に繰り返してゆく内に、ハタと気付く。
『コレは、日本蕎麦に限りなく近いラーメンではなかろうか』
スープは、かけそばのだし汁のようだが、鶏ガラスープが加わる事で、重層的な味わいとなる。
麺も、ソバ粉などは少しも入ってはいないのだが、時折蕎麦を食べているような錯覚に陥ってしまう。
なぜ道場主が、【麺】を【そば】と読ませようとしたか、合点のゆく一杯である。
私はあえて、別盛の具材をスープに浸けず、鶏そばを味わいつつ、具を食した。
いやあ~とても美味しい蕎麦だった……じゃなくて至極美味なるラーメンであった!
私の道場破りは、いい意味で失敗に終わった。
店を立ち去る私の背へ向けて、道場主が鋭い一声を浴びせたような気がする。
「どうだ!参ったかあ!!」と……。