レアチーズホットケーキ
「ホットケーキと珈琲の店」三愛(さんあい)へ再び訪問した。
この小さな喫茶店は、【ホットケーキの聖地】と呼ばれているので、ここへと赴くことを、私は秘かに『三愛詣で』と唱えている。
私は今、【喫茶店】と書いたが、間違っても、【カフェ】などと言ってはイケない!
【カフェ】なんて言葉を、ここのマスターが耳にしたら、何と言うだろうか。
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ナニっ!カフェだって!?
お客さん、冗談言っちゃいけないよ!
ウチは、純然たる喫茶店であって、そんな洒落乙な所じゃないの!
そういうオシャンティーな場所なら、駅前に沢山あるから、ウチじゃなくてソチラへ行ってくださいな!!
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チョイと頑固そうなマスターだから、それぐらいの啖呵を切って、店からつまみ出されるかもしれない!
ここは、昔ながらの喫茶店である!
今時のカフェのようにお洒落ではないが、提供してくれるホットケーキは、充分にオシャンティーだ!
さて、三愛のホットケーキには、特筆すべき点が二つ有ると言ってよい。
まず一つ目は、その種類が豊富であること。二つ目は、視覚的に楽しませてくれることだ。
ここのホットケーキのように、装飾が芸術の域にまで達しているスイーツのことを私は、【アート系スイーツ】と呼びたい!
三愛へ来るといつも、メニュー選びに頭を悩ますことになる。
メニュー表を眺めながら、指折り数えたわけではないので、いったい幾種類のホットケーキが存在するのか、私には分からない。
だが、お気に入りのメニューを持つ常連客でない限り、メニューの選定に誰もが、それなりの時間を要することだけは、確実であろう。
あれこれと迷った末に、今回は、【レアチーズホットケーキ】を頼むことにした。
先に運ばれて来たのは、この店ご自慢のコーヒーである。
こだわりの珈琲をちびちびと啜りながら待っていると、甘い香りのする焼き立てのホットケーキが、程なく私の眼前へその姿を現した。
狐色に焼けた二枚のホットケーキの上には、フレッシュなチーズクリームがふんだんに盛られている。
量感のあるクリームの中央で、犇めくように身を寄せ合う10粒のブルーベリーが、紫色の光彩を放つ。
このホットケーキをどの様に形容するべきか?私には、こう見える!
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上等なシルクを敷いた木製の桶の中へ、今収穫したばかりのブルーベリーをたっぷりと詰め込んだ様子。
きっと、高貴な方への贈答品に違いない。
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ホットケーキの茶色、チーズクリームの乳白色、ブルーベリーの紫色、ミントの葉の緑色……いずれも派手な色ではないが、その淡い色彩が、目に清々しく映る。
このレアチーズホットケーキ、まるでアンドリュー・ワイエスが描く水彩画のようではないか!
しかし、チーズクリームが乗っかっている座布団が、二枚というのはいかがなものか?
これでは、面白くない解答で、なかなか座布団の数が増えない、『笑点』の好楽師匠のようで、実に気の毒だ!
もう一枚座布団があれば、安定感が出そうな気がする。
先代の圓楽師匠のように、歯切れよい江戸弁で、調理場へ向かってこう言いたい!
『おーいっ!山田くん!!レアチーさんに、一枚やってくだはい』と……。
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では、ホットケーキを頂いてみよう!
まず、このチーズクリームであるが、見るからに、コッテリとしてクドそうなのだが、然(さ)にあらず !
甘さ控えめで、サッパリとした味わいだ!
これならば、ガラス製のピッチャーに入ったメイプルシロップを、ナミナミとホットケーキへ注いでも問題はない!
今回、私が一番驚いたのは、クリームの中央に置かれたブルーベリーの味であった。
「ブルーベリーは酸っぱいものだ」、という先入観が私にはある。
しかしながら、ここのブルーベリーは、非常に甘いのだ。
品種によっては、酸味より甘さの方が勝るブルーベリーが、確かに存在すると言う。
私は、【ブルーベリー博士】ではないので、それがどんな品種かは分からない。
兎に角、こんなに甘いブルーベリーを食べたのは、生まれて初めてのことであった。
肝心要のホットケーキは、表面はパリッと、中はフンワリと仕上がっており、ホットケーキそのものが大変に美味しいのだ。
本当はクリームや果物など、余分なモノを乗せずに、プレーンで頂いた方が、ここのホットケーキの真価が分かるのかもしれない。
それにしても、いまだ口にしていない未知なるホットケーキのことが、気にかかる。
「いっそのこと、一年ぐらいかけて、この店の全てのホットケーキを平らげてやろうか」と、心密かに大望を抱く私であった……。